広尾稲荷神社の龍の天井画

最近まで知らなかったのですが、広尾稲荷神社の拝殿の天井に立派な龍の天井画があるというので早速見学しに行ってきました。




拝殿天井の墨龍図

拝殿の7枚つなぎの天井板に大きくて立派な龍が描かれています。

この龍の天井画を描いたのは鮭と花魁の絵で有名な洋画家の高橋由一画伯(1828-1894)です。

高橋由一(たかはし ゆいち)は日本で最初の洋画家と言われた人物としても有名ですね。

この新巻鮭の絵は切手にもなっていますし美術の教科書などで見たことがある人も多いでしょう。

日本のリアリズム絵画黎明期の傑作でもあり高橋由一の代表作でもありますね。

 

見学可能

拝殿の天井画なので、参拝するだけでは全貌がちょっとわかりません。

ですが、ここでは社務所に許可を取れば、中に入って見学することが可能なのです。

早速社務所に声をかけてみました。すると「どうぞ、どうぞ」と中から出てきたご婦人に許可をいただきました。

撮影も可能だということで早速、中へ。中は土足厳禁なので、靴を脱いで入りましょう。

拝殿内部より

中に入るとその全貌がとてもよくわかります。眼力の強い真っ黒な龍が天井を這い回るかのようにイキイキと描かれています。

迷いなく大胆に描かれた龍の絵はなんとなく有名な鮭の絵のタッチに通じるものを感じます。

銘の意味

作品には「藍川藤原考経俳画」と署名がしてあります。

これは高橋由一が、狩野派を学んでいた頃に使用していた名前です。

この作品は、由一が仕えていた堀田摂津守の下屋敷(現在の広尾タワーズ)が当時稲荷神社と隣接していたため、弘化4年(1847年)社殿の再建の際にまだ二十歳前後だった青年画家高橋由一が墨絵を描いたものです。

その当時はまだ狩野派などの日本画を学んでいた時期だったということですね。「鮭」のイメージが強いので高橋由一というと明治期の作家という印象が強いのですが、この天井画が描かれたのはまだ江戸時代だったわけです。


洋画家高橋由一

高橋由一は石版画いわゆるリトグラフに出会い衝撃を受けて、洋画の道へと進みます。本格的に洋画の勉強を始めたのは1866年ですから、この龍の絵を描いてから19年後のことです。

ある意味この作品は洋画家高橋由一が洋画家となる前の貴重な作品ということになりますね。

拝殿の中

天井画見学が目的とはいえ、拝殿の中に入ることは普段はなかなかありません。そういう意味では天井画見学とともに貴重な体験でした。

拝殿の中から鳥居方面を見た様子です。ある意味神様目線の写真です。

中は、畳敷きでお祭りで使用するのか太鼓などが置かれていました。

鏡のある神殿の手前まで入ることができます。

神社の冊子

帰りに見学終了の連絡とともにお礼をかねて社務所に声をかけたところ、広尾神社についての冊子をいただくことができました。




広尾稲荷神社への行き方

日比谷線広尾駅1番出口を出たら、有栖川宮記念公園ナショナル麻布スーパーマーケット方面へ歩きます。

上の写真のように直進してT字路に突き当たったら、右折します。

右折すると上の写真のように右側が広尾タワーズ、左にラトゥール南麻布という高級マンションに挟まれた道に出ます。

その道を直進すると左側に広尾稲荷神社があります。

また徒歩か自転車なら、明治通りからニュー山王ホテルとフランス大使館前の間の道に入り(クルマは有栖川宮公園側から一方通行)有栖川宮公園の方に歩いていけば右側にあります。

鳥居の正面に神殿はなく、鳥居を入って右折すると神殿があります。反対に社務所は左側の建物です。

外苑西通りを挟んで渋谷側に広尾弁天閣という白い鳥居が目印の小さな神社があります。こちらとは違いますので要注意です。

高橋由一のお墓

天井画を描いた高橋由一は66才で生涯を閉じます。

そのお墓はこの広尾弁天閣にほど近い祥雲寺内光林院に祖父母と母と妻とともに眠っています。

広尾稲荷神社

港区南麻布4-5-61


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