日向坂(ひゅうがさか) − 麻布の坂道シリーズ

乃木坂やけやき坂と違って日向坂(ひゅうがさか)はアイドルグループの日向坂(ひなたざか)の方が先に有名になった坂道です。

もちろん江戸時代から存在している坂道ですし、その坂道の名前が日向坂ということも知っていましたが、とりたて何か特徴があるわけでもないですし名前を知らなくてもなんの不自由もない坂道です。

麻布通りの二之橋から桜田通りの三田一丁目までを繋ぐ通りの麻布十番側の坂道を ”日向坂” と呼び、三田側の坂道を ”綱の手引き坂” と呼びます。


日向坂の麻布十番側

では麻布十番から日向坂を登ってみましょう。

▲日向坂の始まりはここ、”二の橋” の交差点です。

一の橋方面から来たならここを左へ。仙台坂を下って来たなら麻布通りを渡って真っ直ぐ進めば日向坂です。▲日向坂の一番下の辺りです。

橋の下は古川、道路の上は首都高です。

▲けっこう新し目の標柱がありますが、日向坂(ひなたざか)がデビューする前からこの新しい標柱になってます。決してデビュー後に慌てて新しくしたわけではないです。

この標柱の左側に「レーベルカフェ」があります。

▲標柱のアップ。

”あやまってひなた坂とも呼んだ” そうですから、日向坂と書いてひなたざかと読むのもあながち間違いではないです。


▲標柱のところから二の橋の交差点を見下ろしたところ。

一ノ橋のジャンクションに向け首都高が分岐しているのが分かりますね。

また信号の向こう側は仙台坂です。

▲100mほど登ると坂上の標柱です。

日向坂はここまで。短い坂道です。

▲坂の上から二の橋方面を見たところ。

首都高が見えますが、ほぼあの辺りが日向坂の最後ということになります。

こんな短い坂道なので言われなければ坂道に名前が付いていることに気づかないかもしれないですね。



日向坂の三田側

日向坂はあっという間に終わってしまったので、三田側に行ってみましょう。
ほんの200mほど先です。

▲三田側へ下る坂道は ”綱の手引き坂” 。

”綱” は鬼退治で有名な平安時代の武士、「渡辺綱」に由来していて、そもそもこの付近は ”綱町” といいますし、慶応大学へ下る ”綱坂” という坂道もあります。

▲ちょうどよい案内板がありました。
この辺りは派手な名所はないですが散策するには落ち着いていて良い感じです。


綱坂とイタリア大使館

さっきの綱の手引き坂の標柱のところに信号があり、そこを左へ曲がると ”綱坂” です。

▲こちらが「綱坂」。

このまま右手に三井倶楽部、左手に慶應義塾大学に沿って下っていくと、あのラーメン二郎 三田本店の裏に出ます。

「綱坂」についてはいずれ別記事で紹介しますね。

▲綱坂に入ったらそのまま下りず左側に曲がってみましょう。

右側はイタリア大使館です。職員宿舎の敷地も含めかなり広大な大使館です。

▲これはイタリア大使館の正門。

正式にお呼ばれされた場合はこちらから入りますが、ビザの申請など事務手続きの場合は途中にある通用門から入ります。

ちなみにこの正門と道を挟んで向かいのマンションには「蕎麦切 砥喜和」があります。

▲綱の手引き坂からイタリア大使館を望んだところ。

突き当りが通用門です。それでも立派な出入り口ですが。


日向坂と綱の手引き坂の間

日向坂と綱の手引き坂の間には大きな施設が3つあります。

▲以前は昭和レトロな簡保の事務センターがあり威容を誇っていたのですが残念がら解体。時計台を含む一部分だけが保存されるようです。

民間マンションになるので今後見学可能になるかどうかは微妙です。

▲これはオーストラリア大使館。

これも大きな大使館ですよね。

タクシーでこの辺りに行くには ”日向坂まで” と言っても通じる可能性は5割くらいですね。
”オーストラリア大使館まで”  あるいは ”綱町” と言えば8割通じると思います。

▲もう一つは「綱町三井倶楽部」。

名前から分かるように三井系のグループ会社社員のための施設です。▲その綱町三井倶楽部とオーストラリア大使館の間の信号から北側に下る坂が「神明坂」。

この坂を下るとキルギス大使館の前を通り天祖神社の脇を通って中の橋へ出ることができます。


日向坂への行き方

電車の場合は麻布十番駅の1番出口から出て、麻布通りを古川橋あるいは二の橋方面を進みます。

最初の信号が二の橋の信号なのでそこで麻布通りを渡れば日向坂です。

本当に短くて何もない坂道ですが周辺には興味深い施設があったりするので合わせて楽しみたいですね。

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