赤坂氷川神社など勝海舟ゆかりの場所を巡ってみたら坂本龍馬にも出会った

勝海舟と赤坂

江戸幕府の幕臣だった勝海舟。その人生の半分以上を赤坂で過ごし、勝海舟の住居跡が2箇所に残っています。

勝海舟といえば幕末〜明治維新期を描くNHKの大河ドラマでは常連なのですが、2021年の大河ドラマ「青天を衝け」には今のところ登場していません。徳川側の視点から描いたドラマが勝海舟抜きで話しがまとまるのか心配ですね。

そんなわけで赤坂の街に残る勝海舟ゆかりの場所を巡ってみました。

するともう一人の思わぬ人物に出会ってしまいました

▲腕を組んで立ち海の彼方か未来なのかを見つめているのは坂本龍馬。隣に座っているのが勝海舟です。

幕末期を描くドラマに欠かせない坂本龍馬ですが、彼もまた「青天を衝け」には今のところ登場していません。

この2人の重要人物がNHKの大河ドラマに登場しないで赤坂に居るということはTBSがなにか企画でも考えているんでしょうか

 

勝海舟 幕末期の住居跡

まずは幕末期、具体的には1859年から1868年の明治維新の年まで約10年間住んでいた場所です。

▲今はマンションになっていますが、標柱とプレートがありすぐに分かるようになっています。

ちなみにマンションの隣の路地は ”本氷川坂(もとひかわざか)”。この坂を道なりに登っていくと赤坂氷川神社です。

▲ちゃんと目立つように建てられています。

当時の赤坂がどんな様子だったのか知りたくなりますね。

▲マンションの塀に埋め込まれた銘板です。標柱も合わせてマンションの管理自治会が建てているんですね。

新婚時代はみすじ通りの辺りに住んでいたようですが、今そのあたりはビルが建っていてその当時の十雨居後を確認することはできませんでした。

また坂本龍馬が勝海舟の自宅を訪れたのは1862年ですから、龍馬が来たのもこの場所です。

▲この写真の向こうに見えるのが赤坂通りの「赤坂五丁目交番前」の信号です。そこから檜町公園の方に向かい、この角(赤坂通り側から来るとY字路に見えます)を写真右手に曲がればすぐ先にさっきの2番目の住居跡があります。

逆に檜町公園側からなら赤坂レジデンシャルホテル前の信号を右に曲がり少し行くとこのY字路になります。

▲次は赤坂での3箇所目の明治期の晩年を過ごした住まいの跡まで行ってみます。

さっきの住居跡の前をまっすぐ氷川坂の方へ向かいます。

 

勝海舟と坂本龍馬

100mほど行くと氷川坂に突き当たるので右へ折れて坂を登ります。

2つ目の角を左へ曲がり狭い小道をさらに登ります。

▲すると旧氷川小学校の跡地。今は特養や港区のこどもプラザが入るビルです。

▲この片隅に銅像が見えます。

もちろん勝海舟と坂本龍馬ですね。

▲けっこう大きな銅像で、いたずら防止用か正面はアクリルでフェンスのように囲われています。

でもこどもプラザの敷地には普通に入ることができるので、もっと間近で見ることもできます。

▲この銅像(師弟像)の説明プレート。

2016年建立なのでまだまだ新しいですね

 

勝海舟 明治期の住居跡

銅像の裏に回り込むと住居跡を示す石碑と銘板があります。

▲暑い時期だったので笹が生い茂っていましたが銘板はしっかり読むことができました。

▲こちらの住居跡は港区から旧跡の指定を受けているようです。

またこれによると住居跡から出土した品がこどもプラザ内で展示されているようですね。また機会があれば見てみましょう。

赤坂氷川神社へ

「氷川清話」が有名なように ”氷川” という地名は勝海舟と縁も深いので。すぐ近くの赤坂氷川神社を訪問してみましょう。

赤坂での勝海舟は氷川神社の周囲をあっちこっち移動していただけとも言えますし。

▲勝海舟の最後の住居から氷川神社まで歩いて数分ですが途中でぜひ見ておきたいのがアメリカ大使館職員宿舎の「ペリーゲート」。

もちろんこれは黒船で有名なマシュー・ペリーに因む命名です。さらにこの職員宿舎内の建物の一つは「ペリータワー」と名付けられていて、アメリカがいかにペリーの功績を重要視しているかが分かります。

黒船来航をきっかけに世に出ることになった勝海舟の住居と、そのきっかけとなったペリーに因む建物がこんなに近くにあるというのも何かの因縁でしょうね。

トランプの来日やパンデミックもあってここ何年かアメリカ大使館職員宿舎のフレンドシップデーガレージセールが中止になっていますが、早くまた再開して欲しいものです。

 

▲ペリーゲートからそのまま職員宿舎沿いに進むと赤坂氷川神社の鳥居が見えてきます。

ここは南側と東側の2本の参道がありそれぞれ鳥居があるのですが、南側の鳥居から社殿まで一直線なので、たぶん南側からのアプローチが正式なんだと思います。

▲ペリーゲートからすぐ先に「氷川坂」とのT字路があります。

赤坂氷川神社を挟んで東側が「氷川坂」、西側が「本氷川坂」ですね。

この写真でチラッと人が写っているあたりが赤坂氷川神社の東側参道の入口です。

▲これが東側参道。

南側の参道は麻布方向を向いているのに対し、こちらは赤坂の街側なので氏子の方たちにとってはこちらの方が馴染みがあるのかもしれません。

またこちら側には勝海舟が命名した「四合稲荷(しあわせいなり)」も祭られています。

▲東から参道を進み階段を上がるとこちらにも鳥居が。

赤坂氷川神社は縁むすびの神様

南側の参道からなら鳥居をくぐって真っ直ぐ、東側の参道からなら鳥居をくぐって右手が社殿です。▲赤坂氷川神社の社殿。

なんと江戸時代の建物がそのまま残っていて東京都の重要文化財です。

そしてこれ重要なのですが、ここは縁結びのご利益があることで有名です。

毎月1回18時から「縁むすび参り」という良縁祈願祭が定員30名で斎行しています。

縁むすび参りと四合稲荷(しあわせいなり)の参拝を合わせればさらにご利益が期待できそうです。

 

▲また都内では珍しい山車もここの特徴です。

左側は珍しい三層型の山車。復元作業が進められ毎年秋の例大祭「赤坂氷川祭」で山車巡行が行われているので見たことがある人も多いでしょう。

勝海舟と坂本龍馬のゆかりの地とさらに氷川神社。赤坂の裏道をちょっと探索するだけでしたが、歴史ファン、神社ファンの方には赤坂も楽しめる街ではないでしょうか。

赤坂氷川神社

港区赤坂6-10-12
赤坂駅、六本木駅、六本木一丁目駅、溜池山王駅。どこからも徒歩8分

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